「勇気凛々」りんこのブログ

長年勤めた外資系の会社をいきなり退職して会社員脱出!日々思ったことを書いています。

あなたは今、ローマにいるのだから

コリン・ジョイス著「アメリカ社会入門」

を読んだ。

Amazon.co.jp: 「アメリカ社会」入門―英国人ニューヨークに住む (生活人新書): コリン ジョイス, Colin Joyce, 谷岡 健彦: 本

この中に、イギリス人の著者がオックスフォード時代に同じ寮に住む「癪にさわるデイヴ」というアメリカ人が出てくる。彼は何かにつけてイギリスの悪口ばかり言い、自分のやり方を曲げてイギリスの習慣に合わせる、ということをしないのだ。

 

欧米人から英語を習っていると~あるいは、外資系に勤めていると~このような人に時々でくわす。私が英語をそこそこ話すので、ある意味、その人の側に私がいると誤解、あるいは油断して、私に日本人の、あるいは日本の習慣の悪口を言う人がいるのだ。

ドイツに赴任していた時、同室の日本担当の同僚は、例えばすでに結論の出たものについて日本から突然変更依頼のメールが来たりすると、「何でだ!君のきちがいの同僚から変なメールが来たよ!」と憎々しげに話しかけてきて「ちくしょう!」と当たり散らすのだった。

外資系とはいっても、当時はほとんどが日本企業からのスカウトで構成されており、職務分掌も日本企業そのままの会社であるから、本社の思うようにはいかない。それを担当者はいつも嘆いており、かつ、「自分はこんなに大変だ」と上司へのアピールも兼ねて騒ぐのだった。

あるいは、日本でも、すでに日本人の営業の役員がサイン済の稟議書にサインしてくれと頼まれた隣の課のドイツ人のマネージャーが、「役員がサインしたものに、僕がここでNOと言えるわけないだろう!何のための稟議書だ!」とよく怒っていた。しかし、彼が怒る相手は日本人の若い平社員であり、その上司である日本人のマネージャーに自ら電話あるいは直接話に行こうとは決してしないのだった。(話はそれるが、私の上司がドイツ人だった時、彼の名前で出したメールへの文句は、必ず彼にではなく、平社員の私にくるのだった。日本人の役員から電話がかかってきた時にはあきれるのを通り越して笑ってしまった。文句は言いたいけれど本社のドイツ人に悪く思われたくないのである。)

若い頃に習っていたアメリカ人の英語の先生もまた、「日本は、軍事に関して、相応の負担をしていない!」と生徒の私たちに怒っていた。

ある時、出張で上司とJR切符売り場に並んでいたら、列が全くすすまない。前のほうでビジネスマンらしいアメリカ人が大声で「誰か英語の話せる人はいるか!」と叫び、上司が行って助けたのだが、英語の話せない切符売り場の中年の男性に向かって怒り狂っていた。そいつのせいで待たされている列の私たちには目もくれず、上司に礼を言うと、「いっつもこういう目にあうんだよ!」と怒りながら去って行った。

アルファベットのヨーロッパの国々でさえ、街中で英語が通じないことがよくあるというのに、極東の国の駅の切符売り場で英語が通じると思う彼が、むしろあまりに世界 を知らない「Strange」だと私は思う。(もしかしたら、フィリピンと同じく日本はアメリカの植民地だったと思っていたのかもしれないが。)ゆっくり話すとか、紙に書くとかしてそれなりに工夫しなよ!(怒)。

それに、上にあげた人たちは、理由はどうあれ、「自分で選んで」日本に来ている、あるいは日本と接点のある人たちである。

私もこんな経験がある。ドイツに赴任していた時、日本以外にも、イタリアやスペインや旧共産圏の国々の人たちとも知り合ったのだが、彼らとドイツやドイツ人の悪口~笑顔のない冷たい顔の人々、ケチ、まずい料理、ひいてはどんよりとした晴れの少ない天気についてまでも、「何でだ!」と怒ってみせてよく盛り上がった。近場の国々からしても、他国というのは「Strange」に見えるものなのだ。

外国人同士、そんなガス抜きをしながらも、ドイツにいる間、私はドイツ人に対しては「郷に入っては郷に従え」を肝に命じていた。買い物の際のお店の人や、同じアパートの人たちはほとんど英語が話せなかったので、私は決して流暢ではないドイツ語で通した。夜10時以降にシャワーを浴びて階下の人に怒鳴られても、2か月に1回くらいの頻度でまわってくるアパートのお掃除当番での掃除のしかたがよくないと注意されてもー「すみません、私はそれを知らなかったんです。これから言われた通りにします」と従順だった。そもそも、慣習についてどちらが正しいか議論をするのは時間とエネルギーの無駄ではないか。

 

以前は黙って聞いていた外国人からの日本や日本人に対する文句。

ドイツから帰国してからは、それを言われたら、微笑んで、肩をすくめ、静かにこう言うことにしている。

「でも、あなたは今、ローマにいるのだから... But...as you are in Rome now...」

私がドイツにいた時、日本にはない恵まれた環境を楽しんでいた。日本にいる外国人も、同じ。何かしらメリットがあって住んでいて、そのメリットを楽しんでいるはずなのだ。

When in Rome do as the Romans do. (郷に入っては郷に従え)

ローマ人と同じようにするかどうかはお任せなので、「ローマにいるのだから」の後は言わないのだが。

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